むかしむかし、あるところにドイツ人である、ポーランド人である家族が住んでいました。

 

この家族の一員は今、日本に住んでいます。

 

私です。

 

そもそもなぜポーランド人である、ドイツ人であるのでしょうか?歴史に興味がある方はポーランドとドイツの関係はとても雑だと知ってると思っています。一番よく知られてあるのは、第2世界大戦のはじまり、1939年9月1日にドイツ軍はポーランドを侵攻しました。実家は上シレジアというポーランドの地方です。この地方は複雑の歴史を持っています。長い話を短くすると、歴史中でポーランドとチェコとドイツの地域でした。それで独特の文化と言語が持ってます。今でも、ポーランドから独立するべきだと言われてる方が多いです。では、ポーランド人である、ドイツ人である、シレジア人であるの?自分は誰でしょう?と迷うのは当たり前かもしれないですね。

 

アイデンティティーの問題は世界大戦中で大変なことの原因になりました。自分の国籍が選ばなきゃとなると、敵か味方かになるの選択です。同じ家族の中でも別々の国籍を選んだ人がいました。兄弟が敵になり、親友は敵になり、隣さんは敵になり。ありえないほど悲劇の選択肢でした。

 

父のお父さんのほうはみんなはドイツ人で祖父と祖父の兄弟はドイツ人の軍になってしまいました。ひいおじいさんとひいおばあさんはドイツ語しか話せなかったらしいです(戦争後でも)。逆におばあちゃん(父のお母さん)の兄は第1世界大戦の時にポーランドの軍に入って、命をうばわれました。そのおばあさんは90歳の時に倒れて、ポーランド語を忘れてしまって、ドイツ語の言葉しか使わなかったです。戦争が終わって、シレジアに住んでた人々はポーランド人になりました。だが今でも父はドイツの国籍になりたがったら、わりと簡単になれるみたいです。それで父がドイツ人になったら、私もドイツ人になれる。問題は何のためのですね。

 

こんな独特なアイデンティティーを持って、我が家族を誇りに思います。この家族のシンボルとして苗字を絶対に変わらないことにしました。

 

この記事によると私の家族の史はすごく波乱万丈に見えるかもしれないですが、暗い話ばかりではないです。もっと面白く楽しいことを語りたいと思っています。